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2012.05.10

お寺へ行って来た

陽気も良くなって来たし、外に三線の練習とかに行きたいなあ、という思いがふつふつと胸の中に湧いている今日この頃。


少し前に、何気なくネットを見ていたら面白いお寺さんがあるのを見つけた。
お寺でライブをやっているという。
それもジャズ。
お寺でジャズ?とか思って、興味を持って色々見ていたら、ブログやらツイッターやらフェイスブックまでやっていて、まさに現代的な感覚のお寺さんだった。

しかもお寺の境内を解放して、誰でも入って良いという。

神谷町オープンテラス


生憎そのライブの日は自分の方のライブが入っていて行けないけど、そのお寺さんには是非行ってみたいなと思い興味を持っていた。
幸い神谷町にあって、ウチからも近い。


しばらく悩んで、住職さんが直接お話しを聞いてくれる日があるというので、それに行く事にした。
といっても、宗教的な話をされても困るので、前もってメールで宗教に興味は無いという事を書いておいた。


しかし、そういう処にわざわざ申し込んで行くという事は、何かしら悩みを抱えて来るのだろうという事はあちらも良く判っているのだろう。

さりげなく今の自分の心情などを聞いてもらえたらいいかなあ?というくらいの感じで出かけてみた。


神谷町の駅からすぐ近くにあるそのお寺さんは、その前の道は何回か通ったことはあったが、全く知らない所だった。
そういえば神谷町は案外お寺さんが多いな、という感じはしていたけど、それも何かいわれがあるのかも知れない。


しかし、自分の婚家の宗派も未だに良く把握していないとんでもな嫁なので、そんなことはぶっちゃけどうでも良い(笑)
それよりも興味があるのは、どういう所でライブが開かれるのか、それが興味津々だった。


鉄の門を入って行くと目の前に本堂があるが、


Koumyouji01

その向こうにでんと東京タワーが見える。

Koumyouji02


さすが都会のど真ん中にあるお寺だ。
そういえば東京タワーの近くにもお寺があったなあ、と何となく思いつつ本堂への階段を上る。


本堂に入る前が広場になっていて、いわゆる境内なんだけど、そこに椅子やテーブルを置いてテラスにしてある。


Koumyouji03

目に前が墓地なことは除けば(しょうがないお寺だから)、とても雰囲気の良いテラスだ。
なるほどねえ、とここをテラスにして一般開放しようと考えたことに感心した。

向こうに見えるは東京タワーと森ビル。

Koumyouji04


手前の林の向こう側はオランダ大使館。
良い場所です。

テラスの全体像は撮れなかったけど、ソファー席が二つ、テーブル席が5個くらい?、ベンチが二つある、結構広いテラスになっていた。
午前中私が来た時には人はいなかったけど、お昼近くなると近所のおばあさんたちやOLさん、男性の方や学生さんなど、沢山色々な人がお弁当持参でやってきて結構賑わっていた。


公園でお弁当を食べるのと同じ感覚なんだろう。
それにオープンカフェのような雰囲気を出していて、おしゃれな感じだ。


Koumyouji05

肝心のライブをやる本堂を見せてもらったら、いわゆる普通のお寺の本堂だった(^-^;
電気も点いてなかったので暗い感じがして、阿弥陀如来様の像も置いてあって、ここで自分が演奏するのは少し気が引けるな、という思いはしたが、たぶん敬虔な気持ちで唄う事が出来るだろうなと思う。


普通のお寺の本堂と違うところは、ピアノが置いてある。

Koumyouji06


協会でピアノやオルガンを置いてあるのは普通だけど、お寺さんでは始めて見た、というと、今は仏教もキリスト教の賛美歌と同じように歌があるのだという。
実際に歌を聴かせてもらって、楽譜も見たのだけど、私は始めて聴いたけど割と以前からあるらしい。

仏教の経典の本の後ろに、歌の楽譜が付いていて、失礼だけど面白かった。


ほうじ茶をいただいて、ライブの話や四方山話などして、その後少し悩みを聞いてもらってお坊さんのお話しを伺って、最後に本堂でお経を読んでもらって、少しお布施をして帰って来た。


特に大きな期待をして行った訳でなく、お坊さんもまだ若いので最初会った時に正直そんな大層なことを聞かせていただけるとも思ってなかったのだけど、そこはそれ、やはり心に響く言葉を発してくれました。


ご自分の経験談を交えての話に納得して、「煩悩」の話にもなるほどと思い、行って良かったと思いました。
ちなにみ煩悩は諸説あるようだけど、そのお坊さんの話では、

1、怒り
2、貪り
そしてそれを認識しない
3、無知

なんだそうな。
全くその通りだと思い、今の自分そのものじゃないかと思い、煩悩を祓うにはどうしたら良いか、という肝心の部分は教えてくれなかったんだけど、今の私の、ある人に執着している思いを断ち切るには、良い思い出を大事にし、人の為でなく自分自身のために頑張るようにすれば良いのでは?ということだった。


そして、「縁」
その言葉が一番心に残ったかな。


結局縁が無かったのかも知れない。
そう思い切るまでには相当時間が掛かりそうだけど、お坊さんの経験では辛い思い出を過去の事として話せるようになるには3年かかったという。そういえば、誰かに好きな人との思い出の曲が聞けるようになるには3年掛かった、ということを聞いたことを思い出した。
3年というのは一つのキーワードかも知れない。


私も3年経てば気楽になるのかな。
あとまだ2年くらいは掛かるな。

縁が無かったのか、まだ思い切ることは出来ないけど、少なくとも出会った事は縁があったということだろうし、私自身にとっても辛かった出来事は、相手に取っても辛かった出来事だったのだろうと思えるようになって、少し「赦す」という言葉の意味が判りかけて来たような気がする。


ところで、そのテラスでランチしようと思って自分でお弁当を作って持って来たのだけど、肝心のお箸を持って来るのを忘れて、しょうがなくすごすごと帰ってきました。
ナンマイダ。
今度天気の良い日にまた訪れてみようと思い、お寺を後にしました。


中から山門を撮ったところ。

Koumyouji07

一歩外に出ると神谷町のオフィス街です。


梅が有名らしい。


Koumyouji09

来年は梅の時期に来てみよう。


なんだか由来の判らない像。


Koumyouji08

特に仏教に興味がある訳じゃなく、ちょっと前にはクリスチャンになってもいいかな?って思ってたくらい節操のない私だけど、しかし、3年くらい前にも仏教系の習い事を少しした事があって、そういえばその時には夫婦関係で悩んでいたんだな、と思い出した。


Jizou

何かあると宗教を頼ったりするのはいかんな、と思うけど、その時の悩みも今ではもうどうでもいいような事になってるし、たぶん今悩んでいることも後2年もすればそんなことあったなあ、という思い出になっているかも知れない。


少し前を向いて歩けるような気がした一日でした。

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