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2009.01.01

生きるということ

今年も無事新しい年を迎えることができました。

今年のお節。
いつも煮物が余ってしまうので、今年は野菜は少なめにして、その代わり鶏肉料理を一品とローストビーフを増やしてみました。


090101


一の重
・紅白かまぼこ
・伊達巻き
・栗きんとん

きんとんの色が汚くなっちゃったのが不満。

二の重
・海老の塩焼き
・鶏肉ロール巻き
・鶏の松風焼き
・黒豆
・羽田空港で買った大根の柿なます

三の重
・鶏の鍬焼き
・数の子(本来ここに入るべきではないが、場所がなかった)
・ごぼう、こんにゃく、椎茸のお煮染め、昆布巻き
(今年始めて本土風の昆布巻きを手作りしてみた)


あと、ローストビーフとイクラ。

基本的に毎年練り物以外は手作りにしてるんだけど、大根のなますは作っても皆食べてくれないので、先日羽田に見送りにいった際にお土産物屋さんで美味しそうだったので買って来た大根の柿なますにしました。甘くて美味しかった。
来年もそうしよう。


イクラとタコをいただいたので、その分の予算でローストビーフ用のお肉が買えました。
助かる〜
元々うちはオトコばかりで、野菜の煮物や魚を好まないので、いっそ今年から肉主体のお節にしてみました。

なんだかんだいって去年も無事過ぎ、無事に新しい年を迎えられたのは本当にめでたい。


去年の暮れ、さすがにゴーヤーも撤去して寂しくなった庭。

Banana0812231


しかし、なんとバナナの樹にもう一本、花のつぼみが付いているのを発見。


Banana0812232こんな寒い時に花を咲かしてどうするんだよ〜??とホントにびっくりしたが、ホントに変。


去年最初に咲いた花は実が小さいままどんどん枯れて行ったが、少し根元に残っている。
二本目の花も少し大きい実がくっついている。
もうそれ以上は成長しないだろうは思うけど、三本目が開いたので、これはちょっと期待できるかも知れないと思った。

春先から実が大きくなってくれば、何とか食べられるまでに成長してくれるかも、、、、
今年の冬が暖冬ならいけるかなあ、、、、、何ともいえない。

でも本当に不思議。

そのバナナの成っている庭の横のお宅の娘さんが(といっても48歳)、12月の半ばに交通事故で無くなった。

本当に急な事で、私は最初全く知らず、無くなって4日後くらいに知らされた。
ショックだった。
まだ48歳でばりばりの現役教師だった。
毎日恵比寿の駅まで自転車で通っていて、朝、時間を気にして急いでいたのか、自転車でトラックにはねられて死んでしまった。


何で、、、と思う。
昨日まで、いやその日の朝まで元気で仕事に出かけたヒトが死んでしまう理不尽。


まだ私より若いのに。
まだ仕事もしっかりしていたのに。
仕事も頑張って娘三人、離婚して女手一つで育てて、やっと下の子も大学生になり一息つけてこれから自分の人生を楽しめたはずなのに。


本当にかわいそうで、理不尽だと思った。


お通夜には、教師生活も長いからあちこち勤務した学校も多いのだろうけど、その教えた代々の生徒さんたちが親御さんとともに大勢参列していた。
何百人来ていたのだろう。長い行列が出来て、最後には香典返しの品が無くなり、後日郵送することになるほど、多くの人が来ていた。


とても生徒さんに好かれた先生だったんだろうと判った。
きっと何にでも一生懸命だったんだろう。
お母様は、
「あの子はホントに何でも自分でしなくちゃすまない性格だったから」
と話していたが、きっと熱心で優秀な教師だったんだろう。


結婚して子供を産んで育てて、離婚して、いざこれから自分の人生を楽しむことも出来たのに、その半ばで居なくなるのは、本人も信じられなかっただろうに。
突然で、きっと自分が死んだ事さえ把握できなかったのではないだろうか。
無事に成仏してくれることだけを祈ります。


それにしても、ホントにオンナの人生って何?とつくづく思う。
うちの姑も49歳で亡くなった。
姑の場合は、孫二人の顔も見て死んだけど、それにしても若く結婚し、頑固な夫の元で辛い人生だったんじゃないかと思った。
もっと生きたかったんじゃないか。

こういうことがある度に、いつも人生を大事にしなくちゃと思う。
人間いつどうなるか判らないから、いつ死んでも悔いの無いように一生懸命生きなくては、と思う。
誰にも優しくしようと思う。
思いながら夫婦喧嘩をする馬鹿夫婦だけど(苦笑)
ケンカできるのも生きているからこそなのだ。

Banana08122712月27日に少し開いたバナナの花。
彼女と話をしたのは一体いつが最後だったか思い出せないけど、夏にうちのバナナの花を見て驚いて「すごいね〜」という会話をしたのは覚えている。

ゴーヤーが好きで、うちのゴーヤーも良く食べてもらっていた。


彼女がこんなに早くいなくなってしまうなんて、本当に想像もしなかった。
夫は幼なじみだったので、私よりもショックが強そうだった。
たまたま事故の直後に通勤でさしかかったらしく、その時には知らなかったが、後で彼女が無くなった現場を見ていたことに気がついた。


私はその後その道は行っていない。
行く気がしない。
まだ花束が供えられているそうだけど、見たくない。


それからずっと生きるって、どういうことなんだろう?と考えている。
つまらないことでケンカしたり、気に病んだりしている時間さえ勿体無い。


そういう思いで、何だか悶々とした日を過ごして、無事に家族全員元気で新年を迎えた事に感謝はしてるけど、やっぱり何だか心から喜べないお正月。


いつ、誰と最後に会う事になっても後悔しないように接して行こうと決意はしたけど、年末に何となくいや〜な感じの別れをしてきて少し引っかかりを感じている事が有るから。
もっと笑顔でさよならをいえば良かった。
(いくら自分が気に入らない事があったからといって、ふて腐れるのは筋違いだというのは判る。相手も何か言いたそうだっけど、無視した)

たぶん、また今度会うときにはふつ〜に何事も無かったように会えるとは思うけど。


でも人生いつ何があるかわからないから、もっとちゃんとしておけば良かった。
あれからずっと堂々巡りをしている、学習しない自分が情けない。


あ〜あ今年も先行き不安。
取りあえず今年の目標は、節酒とダイエット?
ダメだ、こりゃ。

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コメント

年末にショックでしたね

その方も若くして亡くなられて無念だったことでしょう

楽しいことも
嬉しいことも
悔しいことも
辛いことも
生きていればこそ味わうもの

いろんな問題や矛盾をかかえながらも生きてるってことは
それ自体がスゴイことなのかもしれません

生を受けることそのものが天からの恵みなのでしょう

そう思うと、今まであたりまえと思っていたことや
たいして大切にしてなかったことの中に
大切なものが埋もれているかも、という気がします


年頭に、そんなことをいろいろ考えるきっかけとなりました


p.s.
hal-3さんのおせち料理、スゴイですネ♪
実は、大根の柿なます、けっこう好きです (#^.^#)

投稿: かなぶん | 2009.01.02 00:00

かなぶんさん、今年もどうぞよろしく〜

生きるという事は、結局悩んだり後悔したりして行く事だと思うんですね。
そういうことのない人は、お坊さんか牧師さんくらいじゃないでしょうか?

だから私もじたばたしながら生きて行こうと思ってるんですが、他人に対してはもっと寛容に成ろうと思っても中々なれません、、、、
尼寺でも行こうかと思うけど、尼寺ではサンシン弾けないだろうから、止めます。

投稿: hal-3 | 2009.01.02 09:38

年の近い人がなくなるのはものすごくショックです。
40歳で親しい友人を癌で亡くしましたが、
命って儚いんだってつくづく思いました。

生きること 人と接すること
楽しいばかりではないけど、
人生、楽しかったと思って終わりたいな。

投稿: tokotoko | 2009.01.02 21:20

tokotokoさん、今年もよろしくお願いします。


私も42歳の時同級生を亡くしました。
それからずっと悔いの無い人生を送ろうと思って来ましたが、他人と接する部分においてはどうにもならん事が多いです。
自分一人で生きている訳じゃないですからねえ。
難しいですね。
でも、ホント人生楽しかたっといって終わりたいですね。

投稿: hal-3 | 2009.01.03 08:53

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