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2008.09.04

小さいおばさん

私の母方の叔母で、もう40年近く東京に住んでいるおばさんがいます。
これまではあまり交流がなくて、20年ほど前におばさんが入院した時にオットと一緒にお見舞いに行ったくらいでした。

そのおばさんのご主人が今年の4月に亡くなったので、連絡を受けてお葬式に行きました。

そのご主人も直接お会いしたことはなく、電話で挨拶したくらいのものでしたが、おばさんは東京には他に親戚もなく、おばさんの姉妹である母達も皆高齢で、金銭的なこともあるので上京して来れないので私が母の代わりに出席しました。

久しぶりに会ったおばさんは以前から生まれつきの障害のせいで背が低かったのですが、もっと小さくなっていました。

Cocolog_oekaki_2008_09_04_16_45

(お絵描き機能を使ってみたが、慣れなくてヘタクソ〜)

これも又久しぶりに会った従兄と、沖縄関係の親戚はたった二人だけでしたが、一緒に列席しました。

お葬式の様子を見ていて、おばさんはご主人方の親戚にすごく良くしてもらっていて、ご近所の方たちも沢山見えて、回りの方たちにも恵まれているようで心配してたよりずっと元気そうで、安心しました。

それでもやっぱり小さく見える。


自分の両親も年々帰省するたびに小さくなって行くのを実感していましたが、そのおばさんは元々背が小さかったので、年を取って増々小さくなったような気がしました。


それでも卑屈に小さくなった感じではなく、可愛らしい小ささというか。
いかにも小さいおばあちゃん、というイメージでしょうか。

そのおばさんは障害のため子供をもうけることは出来ませんでしたが、周りの方たちに見守られ、沢山のお友達もいるようだし、ご主人のご親戚とも交流があるので一人きりになってもさほど心配しなくても大丈夫なような感じがします。

しかし、やはり70歳という年齢もあるし、一人暮らしはさぞ寂しいだろうと思い、私もなるべく顔を出そうと思っていました。
先月帰省した時に母にそのおばさんに持って行くようにとお土産を持たされたので、昨日、うちの白ゴーヤーも一緒に持って行き、届けて来ました。


その時、以前におばさんの口からサンシンという言葉が出たのを聞いた記憶があったので、懐かしいだろうと思い、サンシンを持って行ったら、何とおばさんも沖縄に居た頃にはサンシンを習っていたとのこと。

今でも古い民謡は記憶にあるようで、私が「てぃんさぐーぬ花」や「ちんぬくじゅーしー」などの唄を弾くと一緒に口ずさんでくれます。


子供の頃の記憶というのは、本当に見に染み付くものだなあ、と思います。


故郷を遠く離れ何年経っても、幾つになっても頭のどこかで覚えているのでしょう。
おばさんが懐かしがって、自分も弾いてみるというのでサンシンを渡したら、やっぱり忘れていて弾けなかったのですが、たぶん若い頃習得しているので又少し練習すればすぐ弾けるようになることでしょう。

次お邪魔する時に、うちに余っているサンシンをおばさんに持って来るから、と約束して帰宅しましたが、沖縄の話を色々して、懐かしい親戚の方たちの現況などを聞いて、自分も最近お会いしてない沖縄のおばさん達にちゃんと会ってこなくちゃなあ、としみじみ思いました。

「そのうち」は二度とないかも知れないから。


私は、そのおばさんや母の母親であるヤンバルのばーちゃんや、実家に住んでいたおじいちゃんおばあちゃんにうんと可愛がってもらったのに、全部死に目にもお葬式にも立ち会えなかった。

いくら離れた東京に住んでいたといっても、今考えるともうちょっと何とかして行けば良かったと、今になって後悔しています。
せめて親の危篤の時には立ち会いたい、としみじみ思いますが、取りあえずそのおばさんに会えるだけ会って来よう、と思います。
せめてばーちゃん孝行出来なかった代わりに。


だって、そのおばさんは死んだばーちゃんに良く似てるんだもん。
(たぶんそういうと怒るだろうけど)

ヤンバルの海に一人で繰り出し、漁をして7人の子供を育てた強いばーちゃん。
そのおばさんは体こそ小さくて弱いが、気の強さは負けていない。(母もだ)
おばさんを見ると懐かしいばーちゃんを思い出して、嬉しくなる。
頑張って長生きしてね、おばさん。

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コメント

よいことをなさったわね。
私もこの年になるとお世話になった叔父や叔母が次々と亡くなり、もっとお話したり優しい言葉をかけてあげてればよかったと思うことしきりです。
貴女の叔母さまも久しぶり優しい姪に会い、沖縄の歌やサンシンに触れられとても喜ばれたのではないでしょうか。
人間、若い時って自分のことでいっぱいなのよね。
年を重ねるにしたがい人との関わりが見えてくる。
人を思いやる優しさもでてくるような気がします。

投稿: ぴえろ | 2008.09.05 23:46

ぴえろさん、
確かに私も若い頃は子育てや自分の生活で必死で、他のヒトのことまで気が回りませんでした。
自分が良い年になってふと我に返った感じです。
このおばさんにも小さい頃可愛がってもらったので、恩返ししなくちゃ、と思います。

おじいちゃんやおばあちゃんにももっと恩返ししとけば良かったって、今更ながら思います。

投稿: hal-3 | 2008.09.06 11:47

郷里を離れて四半世紀(古い表現ですねぇ)経ちました
その間、実家の両親や姉以外の親戚にはほとんど会ってません

帰省のたびに親戚に連絡をとらないのも原因でしょうけど、
自分が拒否してるとかじゃなくて、
あちら(両親とか親戚とか)が妙に遠慮してるみたい

たとえば自分をけっこうかわいがってくれた叔父が亡くなったときも
「わざわざ東京から来てもらうのも・・・」みたいな遠慮

だから冠婚葬祭はたいてい終わってから連絡があります

それはそれでけっこう寂しいんですが・・・

だから親戚孝行ぜんぜんできてません
これじゃいけませんね

hal-3さんの日記を読んでそんな関係って「いいなー」って思いました
そしてそんなhal-3さんもステキだなーって思います

p.s.小さいおばさんの絵
 すごくステキに描けてますよ
 さすがです!
 hal-3さんっていろんな才能ありますネ!

投稿: かなぶん | 2008.09.06 23:40

かなぶんさん、
沖縄は親戚付き合いが半端なく密なので、大変な部分もあるし良い部分もあります。
若い頃はそういうのがうざかったりしますが、自分が年取ってくると大事さが判ります。

特に沖縄から離れた所に住んでいる人間は、向こうのヒトたちがすごく心配するので、その時点でもう親不孝者なんですが(笑)、その代わりにというとか、自分が出来る範囲でお返ししたいなあと思ってます。

絵は、、、、照れますがそっちの方が元々得意なんです。
音楽やるなんてつい3年半前までは考えもしませんでした(^-^;

投稿: hal-3 | 2008.09.07 09:44

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