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2007.06.25

6.23と佐渡山 豊

先週土曜日の6月23日「慰霊の日」に新宿ネイキッドロフトで「琉球魂」が主催するイベントが行われたのだけど、そこで沖縄の産んだフォーク歌手・佐渡山豊さんのライブを観た。

070623ライブの後、一緒に写真を撮ってもらう。まるでミーハー(笑)
その日の「琉球魂」ライブで考えさせられた事は二つ。
一つは「慰霊の日」そのものについてと、もう一つは「佐渡山豊」さんというそのヒトと。

佐渡山豊さんは知る人ぞ知る、沖縄フォーク界の大御所ですが、実は私はもう伝説のヒトになっているのだと思っていた。
まさか生きているうちにこの東京でお目にかかることができるとは、思いもしなかった。
そして代表曲『どぅうちゅいむにー(独り言)』をまさか東京で、生で聞くことが出来るなんて思ってもみなかった、ということをご本人にお話したら笑っていたけど。

それほど佐渡山さん本人は気さくで、ふつーの気の良いおじさんという感じだったんだけど、去年、東京でライブをやる、という話しを聞くまで私は本当に彼はもう音楽を止めてしまったと思い込んでいたから、実際23日にこの目で見るまでは信じられない気持ちで一杯だったのだ。

このところライブづいてて、またこの先も当分あちこちのライブにお邪魔する予定になっているので、本当はこの日は止めようかどうしようか悩んでいたのだ。
ぎりぎりまで迷って、予定の時間を少し過ぎて行ったら超満員で、ライブの間3時間以上ずっと立ちっぱなしだった。立ちっぱなしのライブなんてすごい久し振り。

佐渡山さんご自身が団塊の世代に近い年齢なので、お客の方も結構熟年層が多かったけど若い方も多かった。
親子連れもいらしたみたいで、何となく納得できる客層だった。
(本来ならうちも親子で参加するはずだったのに)

佐渡山さんのはっきりした年齢は判らないけど、1972年に発売された「沖縄フォーク村」というCD(その当時は2枚組のレコードだったらしい)には21才と書かれている。
それから一時は歌を止めていたらしいけど、その上手さはもういかにもベテランという感じで、慣れているなあと思った。
貫禄が違う。
一緒に演奏したギターの方も相当上手かったけど、緊張してギターがミスした時など、佐渡山さんがとてもさりげなく優しくストップさせていたのには感動すら覚えた。

たぶん色々、本当に色々な事を経てきたに違い無い。
佐渡山さんは、当時日本中で流行していたフォークソングの沖縄代表、みたいな感じだったけどどちらかというと過激的な表現で、優しいフォークの歌などとは正反対の方向を向いていたような気がする。
気がする、というのは今だから気が付いたことで、その頃私はまだ中学生になるかならずか、くらいでどちらかというと吉田拓郎やかぐや姫の方が好きで、正直その頃佐渡山豊さんの人と成りにはあまり興味がなかった。
(回りで流行っていたのは知っていたけど)
たぶん、その時の私にはその歌が難しかったのだ。

今は優しく語りかけるように唄っているけど、若い頃はもっと過激だったのかも知れない。
その歌の歌詞は、ほとんどが反戦的なものが多い。
21歳の若さであの歌を作ったのか、とびっくりするほどしっかりしている、内容の濃い歌だ。
(今自分の同じ年の息子にはとても考え付かないだろうと思う)
時代がそうだったといえるかも知れないけど、時代がどんどん腑抜けになっていって何時の間にか佐渡山さんの歌も忘れられて行ったのかも知れないけど、今思うと泉谷しげるのような感じだったのかなあ?とも思うけど、私には良く判らないけど、ただ、今大人になって分別の付いた佐渡山豊が同じ歌を歌っているともっともっと訴えかけるようなものがあるような気がする。

また歌ってくれてありがとう、と思う。
彼の歌を聞いていると、歌はメッセージだといっていた師匠の言葉の意味が判った。
本当に自然にしゃべるように、語りかけるように歌う人だ。
声は優しくて強い。

ライブの後、気さくに写真に収まってくれて、握手してくれて、私が沖縄出身だというと色々話しを聞いてくれて、また来年も見に来て下さい、といわれた。
そして私が、「慰霊の日」を全国的な公休日にしようと考えていると話すと賛成してくれた。
よし、賛同者が増えた。
あとはどこへ持って行くかだな(笑)
‥・喜納昌吉さんのとこでいいかな?

「慰霊の日」が沖縄でも休みでなくなってしまった、ということをちらと聞いて、まさか、と思っていたのだけどそれはないそうだ。
一度そうなりかけたが県民の大反対で撤回されたそうだ。
(ということを佐渡山さんから聞いた)
そうじゃなくちゃ。
その他にも「慰霊の日」や戦争の終決のことなど、知らなかったことを佐渡山さんは教えてくれた。

行こうかどうしようか迷って行ったけど、行って良かった。
去年、わったー師匠が佐渡山さんとライブご一緒する、ということを聞いて行ってみようかとはちらと思ったのだけど都合がつかず行けなかった。
その時からちょっと気になっていたので今年になって「沖縄フォーク村」の復刻版のCDを買って聞いた。
聞いて、当時あまり真剣に聞いていなかったはずの歌なのに、本当に懐かしい、と思った。
良い歌だったんだ、と思い涙が出そうになった。
長男も聞いて感動していた。
今の時代でも充分に通用する歌だ、ホンモノなのだ。

民謡もそうだけど、子供の頃何気なく聞いていた歌の意味が、大人になって改めて聞くと色々判ることが多い。

歌は奥が深いなあ。
沖縄はもっと深いなあ。色々な意味で。
そして「その日」に佐渡山豊を東京で聞く事の意味が、なんとなく判った。
その場に立ち会えて、歴史の生き証人になったような(大げさ?)気がして良かった。
もっともっとおじいになっても歌っていて欲しいものだ。またその頃『どぅうちゅいむにー』を聞いてみたい。
その時には沖縄で。
そしてこの『6.23』の企画を立ててくれた若者に感謝。

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コメント

hal-3さま

6.23『慰霊の日』ライブ ご来場いただきまして
ありがとうございました。

主催者、出演者、参加者 すべてが世代を超え、音と映像で、想いがひとつに繋がったような感動を覚えました。
あの想像してもしきれない、何十万の魂の記憶にできるだけ身を寄せて耳をすませて…。これからも進んでいきたいです。
このライブではそんな事を感じていました。

佐渡山豊ライブ 是非また足をお運びください。

*先ほどの間違って送信してしまいました。
消去してくださいね。スミマセン。

佐渡山豊公認ブログにリンクさせていただいていいでしょうか。

投稿: SADOYAMA staff | 2007.06.26 15:38

コメントありがとうございます!
しかもリンクしていただけるなんて光栄です。
よろしくお願いしますm(--)m
こちらからもリンクさせていただきますね。
またライブ行きます。

投稿: hal-3 | 2007.06.26 21:48

こんにちわ。mixiから来ました。まジるぅと申します。佐渡山ファンクラブ幽霊会員です。姿はなかなか見せないが、佐渡山関係のネットではめっちゃ出没してまふ。よろしく。

私が最初に『どぅちゅいむにぃ』を聞いたのは2歳。お家で母がレコードまわしてました。それから彼は私のヒーローだったのですが、確か私が25,6歳の東京に住んでいた頃、佐渡山豊の復活LIVEに行きまして、私にとっては幻のライブなんですよ。ナマで『どぅちゅいむにぃ』を聞いた時、会場だった渋谷ジャンジャンの最後列席で号泣しました。もう、人生でこんな感動ないんじゃにゃいかと言うほど、泣くというか感情のモンスターが1匹私の中から生まれるぐらい揺さぶられました。

そうですよね、いつになっても力があるあの歌はものすごいですよね。

またコミュでお会いしましょうね。

長々とご挨拶してしまいすみませんです。ではまたニャン

投稿: まジるぅ | 2007.07.07 16:28

まジるうさん初めまして。
「佐渡山豊」歴、長いんですね(笑)
私は正直いって、今年になって目覚めました。
もちろんお名前も「どぅちゅいむにー」も知ってたんですが、去年私のサンシンの師匠が佐渡山さんのライブに参加するということで復活していることに気が付いたんです。

そうかー渋谷で復活ライブをやってたんですね。
たぶんその頃にはもう私は渋谷に住んでいたと思うのですが、その頃は音楽には全く興味がなかったのでアンテナが届かなかったんだと思います。
タイミングというか、縁みたいなのってあるのかなと。

また佐渡山コミュでよろしくお願いしますー

投稿: hal-3 | 2007.07.07 21:11

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